
皆さんは、仕事で何か行動を起こすとき、まずやってみよう精神で取り掛かるタイプですか?
それとも「目的」を明確にし、様々な「手段」を講じて行動するタイプですか?
どちらがも良さはあると思いますが、私の考えは断然後者です。
これは、教育現場でもとても大切なことだと考えます。なぜなら少なからず私が勤めた職場で、行事や授業など何のためにやっているかが教員自身も明確でない現状があるからです。
今日は、「目的」と「手段」について一緒に考えていきたいです。
ちなみにこの考え方は、「新たな公立学校の実現に向けて」でも書いた工藤優一さんに影響受けています。今度、書こうと思っていますが、自分の考えを言語化してくださったのはこの方です!
「目的」があっての「手段」
「目的」を持つ意味
「目的」を持つ意味については、すでにご存知かと思いますが、私はこう考えます。
迷子にならないため
これに尽きるかと。時間が経てば経つほど、迷子になる方々は多いような気がします。
特に分かりやすいのは会議。
長引けば長引く程、多くの人たちは迷子になってしまい、どこに向かっているのはわからなくなっていきます。
きっと一般企業などではそんなことは当たり前なのだと思いますが、会議の冒頭や途中でそこを確認するだけで進行がだいぶ違うかと思います。
「手段」を講じる

「目的」が明確になったら、次に「手段」の検討をし、講じていきます。
そこは実際に一人でなのか、チームでなのかはときどきによると思いますが、この順序を守ることで子どもたちにもそこをしっかりと示すことができ、何が行われているかが明らかになります。
大人もそうですが、先の見えないことほど不安に駆られることはありません笑
見通しを持つという観点でも、非常に有効かと考えます。
学校でよくある「手段」の「目的」化
よくあるのは宿題ですね。
これは以前からずーーーーっと感じていたことで、「意味あるんかい!」とツッコミを入れたくなる程でした。

私の宿題についての考えは下記をご覧ください。
宿題って何を「目的」にしていると思いますか?
これは教員それぞれかと思いますが、まぁ大体はその日の「復習のため」「学習習慣をつけるため」あたりかなと思います。
気づくと「宿題を提出しているかしていないか」「やったかやっていないか」に注目し始め、最終的にはとりあえず「宿題を提出するため」という「目的」に姿を変えているのです。
目的→「復習するため」「学習習慣をつけるため」
手段→「宿題に取り組んで、提出する」
目的→「宿題に取り組んで、提出する」
手段→「とりあえずやる!笑」???
結構子どもたちはそういった「目的」意識になっているような気がします。
「とりあえず出せばいいんだよ」
というつぶやきがよく聞こえてきますので笑
まとめ
「目的」を明らかにすることで、迷子にならずに自分たちが実現させたいことに近づくことができる。そして、より適切な「手段」を講じることができる。
常日頃から「目的」意識を持って、「手段」を講じていきたいですね。
それだけでだいぶ質も負担感も変わってくるかと思います。
ぜひ、皆さんも「目的」と「手段」について考えてみませんか?


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