幼稚園や保育園で過ごす乳児や幼児たちは、日々様々なものや人に触れながら、大きく成長していきます。

当然ながら、数字で表す成績や評価は一切ありません。
子どもたちがどういった成長をとげ、どういったところに課題があるのかを文章表記で記録します。
しかし、小学生になると突然出てくる成績や評価。
ここから数字に縛られ、評価に囚われる日々が始まります。
そして、『学ぶ』という本質からどんどん離れていきます。
今日は、この『成績や評価』について考えを共有できたらと思いますが、
いきなり結論をいうと、
小学生には、
数字で表す成績や評価は一切必要ない。
です。
その理由も含めてまとめていきたいと思います。
『成績や評価』がいらない理由
「子どもたちは点数を取りたい!と頑張って勉強に励むから必要だ!」
「やる気を出すひとつの材料になるでしょう。」
「数字で見ることで、自分がどれくらいできているかの判断材料になる。」
など、いろいろな声が聞こえてきそうです。
それでも私は必要ないと考えます。
なぜかというと、
学ぶための目的が大きくずれてしまっているからです。
以前にも主体性のところでも書きましたが、もともと子どもたちは主体性の塊なわけです。
『学ぶ目的』がとても明瞭で、
「これをしたいから、どうしたらいいんだろう?」
から始まり、自分で調べたり、保育士や先生に質問しながら実践し、試行錯誤をしながら学んでいくわけです。
単純に、
「うわ!これ楽しそう!やってみよう!」
パターンもありますね。
それが学年が上がるにつれて、気づいたら『学ばせられる』日々になっています。
そこには、テストの点数や周囲との比較など、今までになかったものが現れることが要因だと考えます。
少しずつ学習する目的が、
『良い成績や評価をもらうため』
に変わっていくのです。
それらをバネにしてがんばれる子どもたちはまだいいですが、頑張れないまたはやる気を失っていく子どもたちはどうしますか?
私もやっと大人になってから『学ぶ目的』や楽しさがわかってきました。
10数年間、成績や評価に囚われてきた人とそうでない人では、知識量もそうですが、何より『学ぶ』というハードルが相当低くなり、行動力などにも大きく影響しそうな気がします。
だからこそ、私は必要ないと考えています。
『成績や評価』は変わっていくのか?
中学や高校、大学の受験の仕組みが大きく変わらない限りは、数字での成績や評価はなくならないでしょう。
詳しくはわかりませんが、私が学生の頃よりかは数字での成績や評価で行わない受験方法もあるとは思いますが、まだまだ十分とは言えません。
私が勤めている支援級、また勤めていた支援学校での評価や成績は、全て文章表記で行なっています。
しかし、全ての児童を文章表記にしたいわけではありません。
あくまで数字での成績や評価に囚われなければなんでも良いかなと。
とにかく『学ぶこと』が本来どういうことなのかを理解した上で、学習する必要があるということです。
ここで2つの変化が必要になります。
①授業の仕組み
今まで何度も言っていますが、一斉授業からの解放です。
これはまぁ正直、学校全体で変わろうとする、または日本全体で変わらない限りは難しそうですね。
いい案は思いつきません笑
最初にやるのはクラス担任をなくすところからですかね?笑
教員の立ち位置
現在は『教える』という立ち位置ですが、ここを変えることは今からでもできそうです。
それは『教える』→『支援する』です。
イメージとしては、メンター的立ち位置ですね。
一人ひとりの学び方を整えていくために支援していく、といった感じです。
幼稚園や保育園の先生たちは、まさにそれです。
知識や技術を教えるのではなく、子どもたちが身につけやすい環境や学び方を一緒に試しながら、支援していくのです。
これは、今の学校現場でもできることかなと思います。
まとめ
小学生には、
数字で表す成績や評価は一切必要ない。
です!!笑
あくまで教員は『支援者』であり、並走しながら整えていく立ち位置だと考えます。
以前の教員としての立ち位置からは大きく変化していると思いますが、この時代に合う方はどちらかと考えると答えは言うまでもないでしょう。
ということで今日は、『成績や評価』について考えをまとめました。
改めて考えるきっかけや足しにしてもらえると嬉しいです。


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