「〇〇せんせー!!」

学校では聞き慣れた、子どもたちの先生たちを呼ぶ元気な声。
当たり前の光景かと思いますが、中にはあだ名で呼ぶ子どももいれば、呼び捨てで呼ぶ人もいます笑
怒られたり、注意されたりしている場面を見かけます。
皆さんは、「子どもたちの先生の呼び方」についてどう考えますか?
私の感覚だと、「先生と呼ぶのが当たり前」という教員がほとんどだと思います。
世の中的にもそういう感覚なのでしょう。
「礼儀」「目上の人への態度」など、子どもたちに教えるといった視点もありますね。
私は正直なところ、
呼ばれる側が不快に思わなければなんでも良い
です笑
その部分で細かく言うより、自分の中でもっと大事にしていることがあるので、そこに注力したいというのが本音です。
そもそも自分を「目上の人間」と思っていませんし、もはや立場は違えど、「同じ人間」として考えています。
「支援する」「支援される」それぞれの関係性から「お互いを尊重する」という視点も持ちたいところです。
だからと言って、なんでもいいわけではないと考えています。
①呼び捨て
「呼び捨て」は、基本的に仲の良い友だちにすべき呼び方であって、まず友だちではないので「そこは違うよね」ということを確認します。
しかし、叱るほどではありません。
子どもも誰にでも呼び捨てて呼ぶわけではなく、きっと「この人と話したい」「なんか絡んでみたい」など何かしらの理由があって呼んでくれているはずです。
なので、そこは受け止めつつ、「そう呼ばれるのは嬉しくないなー」くらいのテンションで話します。
関係性を作る第一歩でもある気がします。
②あだ名
「あだ名」は、あまり職場では言っていませんが、好きです笑
子どもたちは、結構いいあだ名を考えてくれますし、オンリーワンが好きな私としてはとても大切にしたいものですね。
また、わざわざあだ名をつけてくれるということは、心を通わせようとしてくれているサインな気もします。
授業中に呼ばれても特に気にしません。強いていうなら、呼んだ時に担任の先生に注意されているのをみて少し罪悪感を覚えるくらいです笑
ちなみに昨年度の5年生がつけてくれたあだ名、密かに気に入っています。
現在その子たちは6年生ですが、廊下で会った時などに呼ばれると心があったまりますね。

いろいろ考えた結果
「同じ人間」として「お互いを尊重する」という観点から子どもも大人も「さん付けで呼ぶ」が、いろいろな考え方を踏まえてちょうど良いところかなと。
礼儀もあり、お互い人間として尊重しつつ、かつ先生感がそこまで出ない感じ・・。
子どもを呼び捨てするのにも違和感を覚える私なので、「さん付け」がしっくりきます。
呼び方一つにしても、子どもたちの気持ちが詰まっているような感覚になるので、これからも大事にしていきたいなと思います。


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