独立国家という名の教室

教育

【2026年10月13日追記】

3.『学級”経営”』という言葉の違和感 を加えました。

教員を初めて気づけば13年近く経ちましたが、教育の歴史については疎い私です笑

さらっと検索してみると、今のような学級経営をする形になったのは、1912年(明治45年)です。

なんと今から100年以上前。

小学校教師が『学級経営』という本を出版し、ベストセラーになりました。

それがきっかけの一つとして、担任教員の自律性や指導の重要性が強調され、日本の学級経営のベースになったそうです。

そして1920年(大正9年)、『学級王国』という言葉が登場し、そこから日本独自のスタイルが確立されていったとのことです。

昔の学級経営のイメージ

私たちが子どもの頃やさらにそれ以前も、今より児童数も多く圧倒的に今と比べて、

『学級経営』=『統制的・管理的』

のイメージが強く、実際に子どもの時を振り返るとそういった感じでした。

普通に教員が子どもを力で制圧!みたいなことが、私の子どもの頃でもありましたし・・。

関係ないですが、休み時間に職員室でタバコを吸っている教員もいましたね笑

あとは自治体でも異なるかもしれませんが、きっと全国的にもそのような状態だったのだと思います。

まさに教室は『独立国家』で、その担任の色で教えや考え方など大きく変わります。

良くも悪くもですね。

その時の社会が、従順で言われたことをしっかりとこなすような人材を必要としていたのでしょう。

だからこそ、そういった形が長い間続いてきたのだと思います。

それが時代の流れとともに、活動の中心が、徐々に『児童』の方にシフトしていきます。

現在の学級経営

学習指導要領も改訂のたびに、その時の社会の流れに合わせて変化してきました。

現在は、児童が中心となるような活動や仕組み、授業の流れなど劇的に以前とは違っています。

また、ICT機器の活用や外国語等の新しい教科、自治体や学校ごとの独自の教育観や取り組みなど、教育の形は大きく姿を変えている最中です。

学級経営はどうかというと、ここも昔よりは『統制的・管理的』な要素は少なくなってきているように感じますが、以前も述べたようにやはりまだまだ『独立国家』として残り続けているような気がします。

まだまだ、時代の流れとのずれがある中で教育が進んでいます。

なぜその要素が残ってしまうのか。

それは『独立国家』の中で過ごして人たちが、現在教員をしているからだと考えます。

正直、これは仕方のないことでもあるかなと。

自分が受けてきた教育を改めて振り返ったり、意識を向けて疑問を持ったりしない限りは、そのまま今の子どもたちに返っていくでしょう。

なぜならやはり「体に染み付いているものはなかなか消えないから」です。

子どもたちへの言葉かけや関わり方など、染み付いたものは意識せずにぽろっと出てしまいます。

また、学校自体の仕組み自体が、そうしないとうまくいかないと考えている人もきっといるでしょう。

なかなか歯痒い思いをしながら、働いている教員もきっといるかと思います。

だからこそ、指導要領が改訂されると同時に、教員一人ひとりが決心をし、学校全体として『変わる』ことへの勇気を持って子どもたちと向き合う必要があると考えます。

【追記】以下3.『学級”経営”』という言葉の違和感 を加えました。

『学級”経営”』という言葉の違和感

現在勤めている学校の(非常に仲良し、だと思っている)同僚にこの記事をお読みいただいたところ、こんな一言をいただきました。

「”経営”という言葉に違和感を感じるし、なんだか機械的・・。」と。

確かに言われてみると経営って言葉は、なんだか学校には似つかわしくないです。

改めて考えるきっかけをくれたMr.Kに感謝します。

では、そもそも『経営』とはどういった意味でしょう。

けい‐えい【経営】

[名](スル)
1 事業目的を達成するために、継続的・計画的に意思決定を行って実行に移し、事業を管理・遂行すること。また、そのための組織体。

コトバンク(デジタル大辞泉)より引用

学級は事業ではありませんが、ここに非常に大切な言葉が隠れていることに気づきました。

『目的を達成するために、意思決定を行って実行に移す』

まさに今『独立国家』から卒業するために、学級に必要なものではありませんか?

これは教員1人という意味ではなく、組織体として考えるため、子どもたちも教員と同じ立場で一緒に考えていくという風に捉えました。

やはりどうしても現在の仕組み上、30数名を1人で見るには『管理的』になってしまい、『独立国家』になる一本道を歩くことにならざるおえません。

その中で、この『学級”経営”』の言葉の原点に立ち返り、子どもたちと向き合っていかなければならないと思います。

それか『学級”管理”』くらい攻めたわかりやすい言葉に変えてもいいかもしれませんね笑

そうならないためにも、教員は『管理的』ではなく、子どもたちと目的を達成するために、みんなで意思決定を行なっていく必要があると考えます。

まとめ

私の考え

『独立国家』からの卒業を目指し

教員一人ひとりが変化を受け入れ

勇気を持って行動する必要がある。

ポイントは、『教員一人ひとり』です。

これ数名が行動しても、ほぼ変化は難しいです。

特に、ベテランが行動しない人たちだと、より厳しいですね。

だからこそ一人ひとりが、なんとかしないとなんともなりません。

ぜひ、今の学級経営について考えるきっかけになると嬉しいです。

『脱!独立国家!』

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