前回の投稿では子どもたちに伝わる言葉選びについて、考えを共有しました。
今日もその「言葉」についてのお話です!
人と関わりを持つときには欠かすことのできないコミュニケーション。

そのコミュニケーションを図るときには、唯一人間だけが使うことのできる言語を用いて、「言葉」で表現します。
言葉は、意思疎通を図るために必要不可欠なもので、使い方次第では人を幸せにすることもでき、人を奈落の底に落とすこともできます。
私は、特に子どもたちと関わるときには言葉選びを意識して伝えています。
なぜなら、その一言でいい方向にも悪い方向にもいく可能性があるからです。
そんな私の意識をより強くしてくれたのがこの本です。
犯罪心理学者である出口保行さん。
著書には6つのケースが書かれており、子どもたちに投げかけられた一言で、どう変化していったのかがまとめられています。
守秘義務があるため事例はフィクションですが、内容はかなりの割合で事実をもとにして書かれているそうです。
そんな中で「そうだよなー」と衝撃を受けたのが、冒頭にあった一言です。
「よかれと思って」は親の自己満足
「犯罪心理学者が教える 子どもを呪う言葉・救う言葉」より引用
これは親じゃなくても、同じことが言えるなと。
周囲の人たちが感じたことやその事実があったとしても、実際本人がどう感じ、どう捉えたのかが重要だということだと考えます。
この「よかれと思って」は非常に厄介だと私は思います。
悪意は全くなく、相手がいい方向に進めるように助けてあげているという感覚になっているため、相手がどう感じたのか・捉えたのかまで考えないからです。
そこまで考えてコミュニケーションなんだなと痛感しました。非常に高度な技術ですよね・・。
しかし、呪う言葉だけでなく、救う言葉も合わせて書かれています。
- どのような言葉をかければよかったのか
- どのような力をつける必要があるのか
- どのような考え方をすれば良いのか
など、それぞれのケースによって具体的に書かれています。
私たちが日頃から子どもたちにかける言葉で、ここまで重大な事態になることは少ないとは思います。
しかし、そうなる可能性もある。
それほどに影響を与えてしまうものを、人はいとも簡単に使えてしまうんです。
まさに表裏一体です。
そんなことを考えさせてくれる本です。
言葉について考えさせられる本はまだあるので、また次の機会に紹介したいと思います。

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