「自分だけやって損したよー。」
「他の人はやっていないのになんで私だけ?」
「早く来た人だけ準備しているけど、ばからしくない?」
「何でいつも私たちだけやっているの?損してない?」
「〇〇したんだから、何かくれてもいいでしょー!」
子どもたちからも大人たちからも、耳にしたことのある言葉です。
得をするために行動したり、反対に損すると感じることはやらないまたは文句を言う・・。
これらはまさに『損得勘定』でしょう。
みなさんはこういった言動をどう考え、どう捉えますか?

『損得勘定』から感じること
私は、冒頭に挙げた言葉を聞くととても悲しさや寂しさといった感情を抱きます。
なぜなら自分の利益基準で物事を考えているように感じるからです。
『やらぬ善より、やる偽善』という記事を書きましたが、自分の得だけを考え、見返りを求めてやる偽善はいやですね。
子どものうちから『損得勘定』で物事を考え、行動していると、きっと大人になる頃には
「自分には得がないからやらない。」
という考え方になってしまうでしょう。
正直気持ちはわからないでもないです。
しかし、そのような思想になってしまうと、利他的に物事を考えることができなくなってしまうと思います。
話は広がってしまいますが、人は1人では確実に生きていけません。
どこかで人とつながっているのです。
そこを意識することができると、さまざまな場面で感謝し、自分が生かされていることにやっと気づくことができると考えます。
つまり、『損得勘定』で考えてしまうと利己的になり、どうしても自分中心で物事をとらえることになるでしょう。
そこに私は悲しみや寂しさを抱くわけです。
みんなで潤滑油になろう!
物事を『損得勘定』で考えるのではなく、
「こうするとみんな動きやすいかな?」
「準備しておけばすぐに始めることできるな。」
など、全体や周囲の人のことを考えながら行動することが大切だと考えます。
そうすると自分にも余裕ができ、いろいろな角度から物事を見て、感謝を抱くことができます。
潤滑油的な捉えで私はいつも働いています。
『損得勘定』が出てきてしまうと、なんとなく心が荒む?枯れる?ような感覚を覚えることに気づきました。
そこらへんの考え方も含めて、今後も子どもたちに伝えていきたいと思います。
これは心の豊かさにもつながっていくことになると考えます。
また、一つひとつの言動から、その人がどのような人間かを如実に表すことになります。
そこまで考えながら子どもたちと関わっていきたいと思う今日この頃です。
今日は『損得勘定』的な行動についてどう捉えているか共有しました。
ぜひ、何かの考えの足しになると嬉しいです。


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